優れた人は努力を前面に出さない?

注意: この記事は1年以上前に掲載されたものです。情報が古い場合がありますのでお気を付け下さい。

これはあくまで私の偏見なのだが、優れた人は努力を前面に出さないのではと考えている。もちろん、何かを成し遂げるのに、それをできるようにするために努力をすることは必要であることは百も承知ではあるのだが。

私自身は努力するということ自体は否定はしていない。というのも、何かを難しい仕事や、自分のキャパシティーを超えたことをしようとした時に、それを達成する際にどうやったら解決できるのか、どうやったらできるようになるのかといったことを考えた時、それに向けて努力するというのはごく普通のことであるし、それは必要最低条件であるからである1

一方、理由や明確な目的もなくただ単に努力しろ、あるいは根拠及び目的なき精神論や根性論の類は個人的には望ましくないものと考えている。これらは身体面・精神面双方に負担を強いるものであり、結果的に疲弊させてしまうからである。

そういう意味では、何らかの特に優れた人物は何らかの目的を達成するための努力を当たり前であると認識している、あるいは努力をしているほどの自覚がない、もしくは努力しているということを悟らせないようなことをしているのではないのかと考えている。その上でアイデアや才能を遺憾なく発揮しているものと見受けられる。

個人的には努力や根性は(その目的を達成するための手段として)重要ではあるとは考えてはいるものの、それを苦にしないような考え方、あるいはメンタリティーを持ちたいところではある。もっとも、それは容易なことではないのだけれど・・・。

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  1. ここで必要最低条件としたのは、努力したからといって、成功するとは限らない一方、努力しなければ十中八九成功することはないということを踏まえたからである []
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